スイス縦断8時間の旅で実感した——「また来たくなる場所」に共通する絶景×ホスピタリティ
イタリアからスイスへ、8時間の電車旅——車窓が変わるたびに、気持ちも変わっていった

ローマ、ベネチアとイタリアを巡ったあと、スイスへの移動が始まりました。所要時間はおよそ8時間。最初の2〜3時間はまだイタリアらしい、赤い屋根と緩やかな丘の風景が続いています。それがミラノを過ぎてコモ湖あたりに差し掛かると、湖面の色が少しずつ深くなって、背後の山の輪郭がはっきりしてきます。国境を越えたあたりからは、牧草地に石造りの農家が点在する、絵本みたいな景色に切り替わっていきました。
長時間の移動って、飽きるか寝るかどちらかになりがちなんですが、今回はほとんど窓の外を見ていた気がします。「今、どの辺だろう」と地図アプリで確認しながら、景色の変化を追いかけていました。電車の旅というより、8時間かけてゆっくりと別の世界に入っていく、そんな感覚でした。
スイスは、正直なところ長年「行ってみたい国トップ3」に入れ続けていた国でした。期待値は相当高かったんですが——現地はその期待を軽く超えてきました。
マッターホルン、写真で知っていたはずの山が「初対面」だった



今回の旅の最大の目的のひとつが、マッターホルンでした。鉄道と、ヘリコプターでの空中遊覧、両方を体験しています。
テレビや雑誌で何十回と見てきた山なので、「だいたいこんな感じだろう」というイメージはあったんです。でも実際に目の前に立ったとき——しばらく、何もできませんでした。カメラも構えず、ただ立って、見ていた。
写真と何が違うのか、うまく言語化できないんですが、山全体が持っている重さとでもいうか、足元の地面から伝わってくる感覚というか。視覚だけじゃなく、体ごと受け取る情報量が全然違いました。「知っている山」だったはずなのに、そこにいると完全に「初対面」の感じがしました。
ヘリコプターからの眺めも、これはまた別の驚きがありました。地上を歩いていると、どうしてもひとつひとつの場所を点として見てしまうんですが、上空に出た瞬間、それが全部つながって見えます。谷の深さ、稜線の連なり、街と自然の境界線——スイスという国が、どれだけのスケールで丁寧に成り立っているのかが、一度に入ってきます。息を呑むという感覚はこういうことを言うんだなと再実感。
そしてもうひとつ、旅の途中でずっと感じていたことがあります。景色だけじゃなく、街全体がブランディングされているような印象でした。ひとつひとつの建物、サイン、道の整え方——どれも質が高くて、それが積み重なって「スイスらしさ」になっている。観光地として磨かれたというより、そこに暮らす人たちが長い時間をかけて丁寧につくってきたものが、そのまま残っている感じでした。
スイスが「また来たい国」であり続ける理由——ホスピタリティという、見えないインフラ








帰りの電車の中で、ずっと考えていたことがあります。スイスには何度来ても来たくなる、リピーターが絶えない——その理由って何だろう、と。
もちろんマッターホルンをはじめとした景観は唯一無二で、それだけでも十分すぎる理由になります。ただ、旅全体を振り返ったとき、同じくらい印象に残っているのが、現地の人々の温かさなんです。
街で道を尋ねた人、ホテルのスタッフ、観光地のガイド。「おもてなしをしています」という構えがまったくなくて、ごく自然に親切にしてくれる。そのさりげなさが、かえって記憶に残ります。観光業として磨かれた接客、というよりも、そこに住む人たちの生活の一部として、親切さが溶け込んでいる感じ。
たとえば絶景だけがあって、関わる人が冷たかったとしたら——多分、「また来たい」にはならないと思うんです。逆に、景色はそこそこでも、人の温かさが記憶に残れば、またその場所に戻りたくなる。スイスはその両方を、驚くほど高いレベルで持っていました。
ホスピタリティは目に見えないけれど、確実にその場所の「空気」をつくっている。スイスを旅しながら、それを体で理解した気がしました。
「また来たい」は、場所だけの話じゃない
これは旅の話だけなんですが——帰国後、仕事でも同じことをずっと考えていました。
「また使いたい」「また一緒に仕事したい」を生む要素って、スイスで感じたことと同じ掛け合わせなんじゃないか、と。サービスや仕事の質(絶景にあたるもの)と、関わる人の温かさ(ホスピタリティにあたるもの)。どちらかが欠けると、リピートにはなかなかつながらない。両方が揃ったとき、初めて「また頼みたい」という気持ちが生まれるんだと思います。
自分たちのチームでも、この問いを持ち続けたいなと思っています。サービスの質を上げることと、関わるスタッフの温かさを大切にすること。どちらも同時に、地道に積み上げていくしかないんだと、今回の旅が改めて教えてくれた気がしました。